1月9日、メルマガ413号:激動の車載用電池産業


激動の車載用電池産業

7日、国際政治学者イアン・ブレマー主宰の米コンサルティング会社「ユーラシアグループ」による毎年恒例の「世界の10大リスク」が発表されました。第1位は「米欧政治の混迷」、第2位は「米中摩擦激化」、第3位は「サイバー攻撃」。例年のように、14日のセミナーでも説明させていただきます。

1.千人計画

電気自動車(EV)、ハイブリッド車(HV)、プラグインハイブリッド車(PHV)等の環境対応車や電動車に欠かせない部品が車載用リチウムイオン電池(LiB)。

その分野で中国の寧徳時代新能源科技(CATL<Contemporary Amperex Technology Co., Limited>)が市場を席捲しつつあります。

中国南部の小都市・福建省寧徳市にある同社。周辺には同社以外に目立った建物はない典型的な中国の田舎町。中国語社名は地名が由来になっています。

主力のLiBが売上げの約9割。LiB及びバッテリー管理システム、バッテリー材料リサイクルが同社の3大事業です。

ルーツは1999年に香港で設立されたAmperex Technology(ATL<アンプレックス・テクノロジー>)という電池メーカー。2005年に日本のTDKに買収されて子会社化。米アップル等に電池を供給していました。

2011年、曾毓群氏や黄世霖氏(両氏とも現CATL幹部)が技術者の一団を引き連れてATLを退社し、CATLを設立。

CATLが製造するLiBはTDKが開発したリチウムポリマー電池がベース。今や飛ぶ鳥を落とす勢いのCATLのルーツと技術の源流は日本です。

CATL急成長の要因は4点に整理できます。第1は創業直後、多くの中国自動車メーカーと長期戦略提携を結び、これが成長の基礎を構築。この点は、自社グループ向けにLiBを内製化した自動車メーカーBYD(比亜迪)とは対照的です。

第2は国策の波に乗ったこと。創業直後のCATLは資本金僅か100万元(1元16円換算<以下同>で1600万円)。しかし、全額国内資金だったことから、国内電池メーカー育成を企図していた中国政府にとって最適な民族ブランドでした。

先行する外国電池メーカーの進出を国策でブロックし、CATLの成長をアシスト。同社はパナソニック、サムスン等の日韓勢のみならず、国内ライバルのBYDも抜き、世界シェアトップの車載用電池メーカーになりました。

第3に、この間、2012年に提携した独BMWから技術を吸収したことも成長に寄与。BMWや独VW等の海外自動車メーカーのサプライチェーンにも加わり、現在、欧米を中心に世界の有力自動車メーカー約20社にLiBを供給。

また、中国政府と連携し、世界の自動車部品大手メーカーから高待遇で技術者を大量スカウトする「千人計画」を推進。独ボッシュ出身者だけでも約30人をスカウト。

第4は中国が世界最大の自動車市場になったこと。今や、中国の年間自動車販売台数は約3000万台、日本の約500万台の6倍です。

EV(一部PHVを含む<以下同>)比率は日本の約1%に対して、中国は約3%。上海や北京等では同比率が約10%に接近。主要都市ではEV用充電設備が普及しています。

つまり、中国は自動車大国であり、EV大国にもなりました。2017年のEV販売台数は約78万台。欧州約28万台、米国約20万台、日本約6万台と比べると断トツです。

そのため、車載用電池メーカーのCATLも急成長。創業僅か6年後の2017年の売上げは199億元(3184億円)、純利益も42億元(672億円)。

同年の車載用LiB出荷量は11.8GWh。中国市場で約30%のシェアを占め、世界においてもパナソニックを抜いてEV用電池メーカーでトップになりました。

CATLは中国国内に3つのLiB工場を有していますが、最近では欧州にも進出し、独チューリンゲン州に初の海外生産工場を建設。同社の生産能力増は「ギガファクトリー」を脅かしています。

「ギガファクトリー」は、米テスラがパナソニックと共同で米ネバダ州に建設した巨大LiB工場。2017年1月から生産を開始しました。

その最終生産能力は年間35GWh、日産EV「リーフ」用のLiBなら87万5000台分。EV人気車種「リーフ」の累計生産台数40万台に比べ、「ギガファクトリー」の生産能力はその倍以上。それを1年で生産する能力です。

ところがCATLは、国内外での設備投資増で2020年までに年間50GWhの生産能力を目標としています。しかも「ギガファクトリー」超えのCATL工場の生産計画分の大半が受注済みと聞いています。昨年IPO(株式新規公開)で調達した約2000億円の資金はその設備投資に充てられています。

欧州ではLG化学、サムスンSDI、ノースボルト、BYDも工場増設。今年から本格出荷される予定であり、CATLを含め、2019年は車載用電池の激戦がさらに過熱します。

2.ホワイトリスト

中国政府はEV・PHV・FCV(燃料電池車)を「NEV(新エネルギー車)」と位置付け、専用ナンバープレートやオークションが必要な希少ナンバープレートを無料割当する等のNEV普及策に腐心。CATL成長の原動力はこのNEV(新エネルギー車)政策です。

ガソリン車より割高なNEVへの補助金政策も展開。EVで上限4万4000元(1元16円換算で約70万円)、PHVで2万4000元(同約38万円)です。

こうした政策の結果、NEV販売台数は急伸。2015年に米国を抜いて世界最大のNEV、とりわけEV大国になりました。しかし上述のとおり、それでもNEV販売比率はまだ約3%。爆発的普及はこれからです。

中国はNEV販売台数を2020年200万台、2025年700万台(NEV販売比率20%超)、2030年1000万台という目標を明示。野心的な目標の狙いを、表向きは都市部等の深刻な大気汚染対策としています。

中国の大気汚染の主因は重工業での石炭使用に伴う煤煙、古いディーゼルトラック等からの排気ガス。かつて日本が行ったような工場やトラックの排出物規制の強化等でも対応可能。また日本で既に成熟しているPHVの普及も有用です。

しかし、中国がEVに腐心する本当の狙いは、PHVは日本が先行しているため、日米欧で本格的量産化が進んでいないEVで主導権を握ろうとする産業政策です。

中国工業・情報化部が2017年4月に発表した「自動車産業の中長期的発展計画」は、中国を「自動車大国」ではあるがコア技術やブランド力が弱いと分析。それらを向上させ、2020年には世界トップ10のNEVメーカーを数社育成、2025年には「自動車強国」に成長させると明示しています。

つまり、中国のNEV政策、とりわけEVに関する政策は環境対策ではなく、「中国製造2025」の一環。「中国製造2025」についてはメルマガVol.408・409・410をご覧ください。

CATLが創業した2011年以降、先行していた日韓米欧の電池メーカーはダンピング的な価格戦略で拡大する中国市場でのシェア確保に注力。

これに対して、中国政府は自動車メーカーがEV補助金受給に際し、中国政府推奨メーカーからの電池調達を暗黙の条件としました。推奨メーカーの一覧は通称「ホワイトリスト」。

2016年、国家工業・情報化部が発表した「ホワイトリスト」からパナソニック、サムスンSDI、LG化学等の日韓欧米企業が外れ、CATLがリスト入り。中国自動車メーカーは中国政府の意向を踏まえ、外資系企業との取引を縮小。その結果がCATLの急成長です。

そうした中で迎えた2019年、NEV政策とりわけEV政策はさらに節目を迎えます。中国政府は、国内で操業・営業する自動車メーカーやディーラーに対し、中国国内での生産と輸入の一定割合をNEV車にすることを義務付け。

19年は10%、20年は12%。しかも、「ホワイトリスト」メーカーから車載用電池を調達しなければNEV車とはカウントされません。

関係企業の対策は急務。結果的にCATLがその恩恵を受けます。そもそも既にCATLの技術力は相当高まっており、性能や規模(価格)を考慮すると、当面はCATLを採用する選択肢が有力です。

日産、ホンダに続き、トヨタもCATLからの調達を検討中との報道を見ました。世界の有力自動車メーカーは、電池は内製するか、技術的優位にあった日韓大手電池メーカーからの調達に依存していましたが、2019年はその戦略が転換を迫られます。

EV製造の義務付けに関し、基準未達の自動車メーカーは基準達成のメーカーから「クレジット」と呼ぶ製造枠を購入する仕組み。BYDは今後3年間で少なくとも140億元(2240億円)の利益を得ると言われています。

2019年はEV及び電池等の関連技術、同分野における勢力図、中国自動車市場を巡る動向等の大転換点になる可能性があります。

3.4つの材料:正極材・負極材・電解液・セパレーター

拡大の一途の車載用電池市場ですが、関連メーカーにとってはいくつかの課題があります。

第1は投資リスク。車載用電池の製造技術は急速に進歩し、大量生産化、装置産業化が著しく進展。その結果、投資規模、投資リスクが拡大。

技術的優位性で先行していた日韓欧米勢にとっても投資リスクは大きく、自動車部品世界最大手の独ボッシュですら車載用電池の内製化を断念。替わって台頭したのが中国勢です。

日本勢の中ではトヨタがパナソニックと連携。報道等から推測すると、他の自動車メーカーへの外販も行って生産量を確保。自社内で閉じない供給体制で投資リスクに対応しようとしています。

第2は資源確保。電池の正極材に使うコバルトの国際価格は急騰。独VW等は長期供給確保のために産出国を囲い込んでいると聞きます。しかし、供給量の過半を占めるコンゴの児童労働問題等、安定供給を脅かす不安定要素もあります。

日本企業は電池リサイクルの技術や仕組みづくりで先行しており、リサイクルで資源確保への懸念を軽減することも課題です。

第3は、中国の政策及び市場動向。中国は今年からNEV政策を本格起動させる一方、EV購入補助金は数年でフェイドアウトさせることが予想されます。補助金なしでは、航続距離が短く、充電に時間のかかるEVを中国の消費者が今後も購入し続けるインセンティブは必ずしも高くありません。

中国政府及び中国市場の動向如何は、自動車メーカー、車載用電池メーカーの戦略に大きな影響を与えます。

第4に、その結果としての価格。電池価格はEVの収益性を左右します。電池価格を抑えるためにはスケール・メリットを追求する必要があり、だからこそ大量生産化、装置産業化が進んでいます。

各社は投資を競っており、世界の車載電池生産能力が2020年には2016年比で4.5倍に増大する見通し。電池価格低下は自動車メーカーには福音ですが、電池メーカーには経営リスク。2019年は低価格化と過当競争の鬩(せめ)ぎ合いが続きます。

第5に利益率。投資負担、原料高騰、購入補助金廃止、価格低下で、電池メーカーの利益率は下落します。CATLも好調と言いながら、粗利益率は2016年43.7%、2017年36.29%、2018年上半期32.77%と低下傾向。

そんなCATLは、本格的な日本参入を開始。2017年11月に横浜ランドマークタワーに日本法人設立。EVに注力する日産のお膝元です。

日産はNECと合弁で立ち上げた電池事業子会社を同年に中国系ファンドに売却。CATL等からの外部調達方針に転換しました。CATLの日本国内での動きにも注目です。

2019年、日本及び日本企業はどのような戦略で戦うべきか。そのヒントは電池の構成材料にあると思います。

LiBはリチウムイオンが正極と負極の間の電解液の中を往来することで充放電します。セパレーターは超微細な無数の穴が開いたフィルム膜。正極と負極を隔離し、異常発熱防止や、正極と負極との間のイオン伝導性(電気伝導)確保に寄与します。

正極材、負極材、電解液、セパレータ―の4つの材料で日本企業はいずれも比較優位に立っています。

主だった企業は、正極材でトップを走るのが住友金属鉱山。負極材では日立化成。最近までトップでしたが、負極材は中国メーカーも台頭。

プラス極とマイナス極の電気の通り道となる電解液は三菱ケミカルや宇部興産が有力。三菱ケミカルは日米欧中で能力増強中。両社は中国で合弁事業をスタートさせています。三井化学も追随。

セパレーターは電池の安全性を守る要。ここでは住友化学や旭化成が高いシェアを維持。セパレーター材料の原反は利益率が高く、この分野では東レが伸長。

こうした材料系で比較優位を維持すれば、製品としてのLiBでCATL等の中国勢の優位性が高まっても、日本は製品の上流で優位な立場が続きます。

これは、メルマガVol.410で取り上げた半導体でも同じ。日本は半導体の上流のシリコンインゴットで比較優位に立っています。

こうした分析の上で産業政策を企画立案し、密かに実行に移していく国家としての政策力、実行力が問われています。産業界をサポートするために、霞が関も永田町も不断の情報収集努力が必要です。頑張ります。

(了)

 

大塚耕平プロフィール

▼1959年名古屋市生まれ。愛知県立旭丘高校卒業、早稲田大学政経学部卒業、同大学院博士課程修了(博士号取得、専門はマクロ経済学)。
▼現在、早稲田大学客員教授(総合研究機構)。藤田医科大学客員教授。元中央大学大学院客員教授(公共政策研究科、2005年から2017年)。所属学会は、日本財政学会、地方財政学会、日本公共政策学会、公共選択学会。
▼日本銀行に入行し、旧営業局(現在の金融市場局、決済機構局、金融機構局)、システム情報局調査役、政策委員会室調査役等を経て、2000年12月に退職。
▼2001年7月の参議院議員選挙で初当選(現在3期目)。元内閣府副大臣(担当は金融、郵政改革、経済財政、地域主権、拉致問題対策等)、元厚生労働副大臣。元拉致問題特別委員会委員長。
▼この間、名古屋青年会議所のアドバイザー、地球市民会議・リンカーンフォーラムのコーディネーター、首相公選の会(日本政策フォーラム)の推進リーダー等も務める。
▼家族は妻と一男一女。中学校以来バレーボール部に所属。現在、愛知県バレーボール協会副会長。趣味はスキューバダイビング(PADIインストラクター)と仏教研究。