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サムボ法とパックス

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サムボ法とパックス

3.有言実行

以上のスウェーデン、フランス、英国の子ども政策事情を踏まえつつ、日本の出産・育児支援政策及び女性政策の経緯を振り返ります。

日本でも1980年代にワーク・ライフ・バランスという概念が認識され始め、1986年には男女雇用機会均等法が施行されました。

しかし、女性の家事負担軽減等の観点は意識されず、時は折しもバブル全盛期。「24時間働けますか」という栄養ドリンクCFのキャッチフレーズが持て囃され、女性の結婚・出産・育児と就労の両立という目標が語られることはあまりありませんでした。

しかし、1989年出生率の「1.57ショック」に端を発し、1991年には育児休業法施行、1996年には育児休業給付金が支給されるようになり、徐々に出産・育児支援政策及び女性政策が意識されるようになりました。

ところが、時を同じくして日本経済はバブル崩壊後のコストダウン偏重経営傾向が強まり、パート・非正規雇用が拡大しました。

そのうえ、子ども政策分野への財政支出の対GDP比は低く、2003年ではスウェーデンの3.54%に対して約5分の1、わずか0.75%しかありませんでした。

2007年「ワーク・ライフ・バランス憲章」が発表され、非正規雇用の待遇改善、非正規雇用の正規化、正規雇用の働き方見直し等々が叫ばれ始めましたが、掛け声倒れで実質的改善が実現しないまま2010年代に突入。

事態改善に取り組んだものの、それでも2014年時点の子ども政策支出対GDP比はスウェーデン3.63%に対して日本は1.34%にとどまっていました。

未婚化・非婚化・晩婚化・晩産化の傾向が強まる一方、スウェーデンのサンボ法、フランスのパックスのような制度が創設されることもなく、婚外子による少子化抑止という展開にはなりませんでした。

婚姻率低下には社会全体の固定的な婚姻制度に対する拘り、自由なライフスタイルに対する寛容度の低さ等々も影響しています。

また、非正規雇用・低所得層にとっては、子どもの教育費負担が出産を控える大きな要因として構造化していきました。

以上のような経過を経て、かつ深刻な少子化に直面し、ここにきてようやく政府も子ども・子育て政策や女性政策等に関心を高めています。完全に遅きに失していますが、遅くても今から取り組まなくてはなりません。

スウェーデン、フランス、英国、及び日本自らの経験と現状を鑑みると、少子化改善のためには、第1に所得環境、第2に労働・子育て環境、第3に婚姻や子育てに関する社会通念、この3つがそれぞれ改善されることが必須です。

第1の所得環境については、岸田政権になってようやく日本の賃金水準が約30年間低迷していることを認め、賃上げの大合唱になっていることは歓迎すべきですが、実際に上がるか否かがポイントです。また、今年上がっても、継続的上昇が担保されなければ少子化改善効果は期待できません。

第2の労働・子育て環境改善には、男女とも長時間労働や就業慣行が変わらなければ、具体的な効果は得られません。今後の展開次第です。

第3の婚姻や子育てに関する社会通念については、婚外子の考え方、家庭内における父親の家事分担に対する受け止め方等が変わらなくては、これまた具体的効果は得られません。

今や結婚した夫婦の3分の1が離婚し、うち8割で母親側が親権を有し、その母子家庭の平均年収が230万円弱。しかも、そのうちの8割で父親側が養育費未払いという悲惨な状況が改善しなければ、「異次元の子育て政策」も掛け声になるでしょう。

国の支援策が遅々として進まない中、企業や自治体の中には独自の工夫で成果を出す事例も散見されます。

昨年4月には「伊藤忠ショック」という言葉が飛び交いました。伊藤忠が社内保育所等の子育て支援に注力し、「朝型勤務」という早朝出勤・早期退社という独自の工夫をしたところ、同社女性社員の出生率が1.97になったことを公表しました。10年前には出生率1.0未満であったことを鑑みると、参考にすべきインプリケーションがあります。

2000年代前半から子育て支援策に注力した岡山県奈義町では2019年の出生率が2.95まで上昇。日本全体の2倍以上になりました。生まれる前から高校生まで、子どもに対する切れ目ない支援体制を確立。不妊治療費・出産費・保育料・給食費・教材費等々、とにかく手厚い支援体制です。

町内に高校がないため、高校生へのバス代支援、若者の定住を促す居住環境整備等々、参考にすべき実績を上げています。

高齢者等から「子どもや若者にお金をかけすぎ」との批判も出たそうですが、「子どもや若者がいるからこそ町が成り立つ」というロジックで論破し、今では「奇跡の町」と呼ばれています。

何を参考にし、国全体でどのような取り組みをすべきか。議論に時間をかけている余裕はありません。必要なのは「異次元の少子化対策」という掛け声ではなく「有言実行」です。

(了)



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