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人工知能(AI)のルーツと限界

大塚耕平

人工知能(AI)のルーツと限界

あけましておめでとうございます。昨年末は急遽の代表就任で多忙を極め、メルマガ配信も滞りがちでした。今年はできる限り通常ペースに戻したいと思います。年末、そして今日1月2日、議員会館に籠もって溜まっていた仕事や原稿等を勢力的に片付けています。少しスッキリしました。メルマガ397号は、前号に続いてAIの話題。「人工知能の父」、アラン・チューリングをご紹介します。8日には毎年恒例のBIPセミナーでもAIの話をさせていただきます。ご興味がある方は、是非ご参加ください(恐縮ですが、有料です)。今年もどうぞよろしくお願いします。


1. 人工知能の父

「チューリングテスト」のことを理解する前提として、それを提唱したアラン・チューリングについての人物情報が必須です。

1912年、ロンドン生まれの英国人。数学者、暗号解読者、コンピュータ科学者であり、1954年に41歳で早逝。「人工知能の父」とも言われています。

幼少時代から教師がチューリングの才能に気づきます。1927年(15歳)、学校で微積分を習っていないのに研究者並みの数式解析力を発揮し、1928年にはアインシュタインの理論や文章を理解していたそうです。

1930年代、プリンストン大学やケンブリッジ大学等で研究活動に従事後、才能を見込まれ、ロンドン郊外のブレッチリ―・パーク(英国政府の暗号解読機関)に勤務。ドイツ軍の暗号機エニグマの解読に圧倒的な貢献をしたものの、軍事機密であったため、チューリングの功績は1970年代まで一般に知られることはありませんでした。

戦後は国立物理学研究所やマンチェスター大学に勤務。英国初のコンピュータの設計やプログラム開発に従事。徐々に「機械の知能」という概念の研究に傾倒します。

1950年、有名な論文「計算機械と知性(Computing Machinery and Intelligence)」を発表。今日「チューリングテスト」として知られている実験を提案しました。

この間、チューリングは同性愛者として処罰を受け、虐げられます。1954年に41歳で死去。薬物自殺と言われています。

死後まもなく、ロンドン王立協会(最高権威の科学学会)が伝記を出版したほか、大英帝国勲章も授与。関係者はチューリングの功績の偉大さを理解していました。

1956年、米国ニューハンプシャー州のダートマス大学に人工知能関係分野の研究者が集合し、「ダートマス会議」を開催。この会議で初めて人工知能(AI)という言葉が使用されましたことは、メルマガ前号でお伝えしました。

1966年、コンピュータ科学における最高権威の賞としてチューリング賞創設。1970年代に戦時中のブレッチリ―・パークの活動が公開されるようになり、チューリングの存在と功績が一般に知られるようになりました。

1980年代から1990年代にかけて小説やドラマでチューリングが取り上げられるようになり、1999年、雑誌タイムが「20世紀で最も影響力のある100人」に選出。2002年、BBCが行った「偉大な英国人」投票で第21位にランクインしました。

2009年、科学者がチューリングの名誉回復の請願活動を始め、同年9月、ブラウン首相がチューリングに対する戦後の英国政府の対応を公式に謝罪。

2013年12月24日、エリザベス女王がチューリングを恩赦、キャメロン首相もチューリングの業績をたたえる声明を発表しました。完全復権です。

「チューリングテスト」についてはメルマガ377号で紹介しましたが、再述します。「チューリングテスト」とは、機械と人間が通常の言語で対話した時に、多くの人がその機械を「人間かもしれない」と錯覚させることができれば、その機械は知的であると判定するというチューリングが考え出した基準です。

一方、「チューリングテスト」に対する反論として、米国の哲学者ジョン・サール(1932年生)が1980年の論文「心・脳・プログラム(Minds, Brains, and Programs)」の中で提案した思考実験が「中国語の部屋」。

中国語を理解していない英国人を部屋に閉じ込め、紙に書いた中国語のメッセージを部屋の中に投入。英国人は部屋の中にあるマニュアルに従って回答を書いて紙を投げ出すと、対話が成立しているように思えます。

しかし、現実には英国人は中国語を理解していないので、中国語を学習したとは言えません。マニュアルに書いてある指示に従って、意味もわからずに対応しただけです。

つまり、この英国人は「チューリングテスト」的な知的機械にすぎません。サールは、本当の知的存在、人間を代替する機械とは、紙のやり取りから中国語を学習し、マニュアルがなくても自らの判断で対話ができるようになる存在であると考えました。

1980年代、90年代は「チューリングテスト」「中国語の部屋」を巡る論争が活発に行われ、今日の「人工知能とは何か」という議論につながっています。


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