「フォーチュン・グローバル500」に見る中国の野望

  1.   1. 「韜光養晦」再論
  2.   2. 「一帯一路」「A2AZ」再論
  3.   3. プラットフォーマー

1997年、鄧小平が逝去して21年が経過。鄧小平の遺言は現実のものとなりつつあります。「フォーチュン・グローバル500」に中国企業が多数ランクインする時代になり、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)等のプラットフォーマーを脅かしつつあります。米中覇権争いが激化する今日、日本を的確に舵取りするためには、海外の諸情勢を可能な限り熟知することが不可欠です。


1.「韜光養晦」再論

日本が金融危機に陥る前の1995年。バブル崩壊による不良債権問題がクローズアップされつつあったものの、各界リーダーは依然として「アジアで唯一の先進国」「21世紀は日本の時代」という潜在的幻想を抱いていた時期です。

米誌「フォーチュン」による世界企業番付「フォーチュン・グローバル500」が初めて発表されたのも1995年。私はまだ日銀に勤務していましたが、興味深く読んだ記憶があります。

改めて調べてみると、初回の国別ランキング入り企業数は米国が151社で第1位、日本が149社で第2位。各界リーダーが潜在的幻想を抱くのも無理からぬことです。

その時の中国は3社。当時の中国の事実上のトップであった鄧小平が「南巡講話」で「先富論」「韜光養晦(とうこうようかい)」を説いた直後の時期です。

「南巡講話」とは、比較的豊かであった上海等の南部地域を回って講話したことを指します。「先富論」は「先に富める者から豊かになって国を牽引しろ」と説いた内容を指します。

「韜光養晦(とうこうようかい)」は、能力を隠しつつ、力を蓄えるという意味。日本の「能ある鷹は爪を隠す」という格言に近い内容です。

それから22年、昨年(2017年)の「フォーチュン・グローバル500」の国別ランキング入り企業数をみると、米国132社に対して中国105社(香港・台湾の10社を入れると115社)、日本は51社。この間の日米中の経済構造の激変が顕著に表れています。

メルマガ前号で「中国製造2025」を取り上げたところ、若い読者から、中国の発展に関するこれまでの経緯を教えてほしいという熱心なご要望をいただきました。過去のメルマガでも何度か取り上げていますが、ご要望にお応えして再述します。

メルマガも既に405号。折に触れて中国の話題も取り上げてきましたが、改めて、国際政治や中国史の歴史的転換局面でメルマガを書き続けていることを痛感します。

東西冷戦終結(ベルリンの壁崩壊は1989年11月10日、ソ連崩壊は1991年12月25日)後、時の最高実力者であった鄧小平が中国のその後の方向性を国民に示しました。

「先冨論」という共産主義と矛盾する方針を掲げ、「南巡講和」を行った鄧小平。1992年1月から2月にかけて、鄧小平は武漢、深セン、珠海、上海等の南部各都市を巡回。各地の演説の中で「先冨論」に基づく「改革開放路線」を宣言。

「先冨論」と並んで鄧小平が示したもうひとつの重要な言葉「韜光養晦」。「光」は能力や才能のことを指し、それを「韜(つつ)み」「養(やしな)い」「晦(かく)す」の含意。出典は唐代の歴史書。野心や才能や隠し、周囲を油断させて、力を蓄えるという処世訓。

鄧小平は激動の国際情勢の中で、中国は「韜光養晦」、つまり「当面は力を蓄える」という方針を徹底したと解されています。

その後の国家主席である江沢民(在任1993年から2003年)期、及び胡錦濤(同2003年から2013年)期前半は「韜光養晦」の方針を堅守。

この間、2001年、共産主義国家でありながらWTO(世界貿易機構)に加盟。以来、着実に経済力を高め、2008年の世界金融危機(リーマンショック)の際は欧米諸国に先駆けて難局を脱出。2010年、GDP(国内総生産)は日本を抜き、世界2位の経済大国に浮上。

そして誕生した習近平体制も既に5年。自信をつけた中国は、経済力、軍事力の双方で、「韜光養晦」の方針を転換したように思えます。

転換の傾向は胡錦濤期の終盤に徐々に顕現化していました。2009年7月の駐外使節会議(5年に1回開催される駐在大使会議)の演説で、胡錦濤は注目すべき発言を行っています。

鄧小平が示した「韜光養晦」には後半の四文字があります。すなわち「韜光養晦、有所作為」。胡錦濤は鄧小平の遺訓を「堅持韜光養晦、積極有所作為」と修正して表現。

後段の「有所作為」がなかなか難解。「やることを淡々とやる」とも解釈できるし、「やるべき時にはやる」とも訳せるそうです。中国語に詳しい人に聞いても、断定できません。

しかし、鄧小平の「南巡講話」に関する記録を当たると「やるべき時はやれ、時が来たら成果を出せ」と付言していたという説もあります。

それが事実であるとすれば、「韜光養晦、有所作為」を我流に解釈すれば「力を蓄え、時期を待て」という含意でしょうか。

そういう前提で考えると、胡錦濤の「堅持韜光養晦、積極有所作為」は「力を蓄える方針は堅持しつつも、時節到来、積極的に行動する」。


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