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SDGs とプラネタリーバウンダリー

大塚耕平

いよいよ平成最後の月。来月から元号は令和となり、昭和も遠くなりにけり。昭和の時代に環境問題や地球の維持可能性(サステナビリティ)の問題が取り上げられるようになり、平成の時代に人間はそれなりの努力を続けてきましたが、問題解決にはほど遠い状況。だからと言って、歩みを止めることはできません。


1.コモンズの悲劇

昭和と言えば、近代化、戦争、戦後復興、高度成長。西暦的には20世紀の過半(1926年から89年)が昭和。その真っ只中で世界に警鐘を鳴らしたのがローマクラブでした。

1970年、イタリアの企業家アウレリオ・ペッチェイ(1908年生、84年没)と英国人科学者アレクサンダー・キング(1909年生、2007年没)が、資源・人口・軍拡・経済・環境破壊等の地球的課題に対処することを目指して設立しました。

1968年、世界各国の科学者・経済人・各分野の学識経験者等の約100人がローマで準備会合を開催したことからローマクラブという名称になったそうです。

地球と資源の有限性に着目し、ローマクラブが1972年にまとめた報告書の中で言及した概念が「成長の限界」。人口増加や環境汚染等の傾向が改善されなければ、100年以内に成長は限界に達すると警鐘を鳴らしました。

かつて、空気を公共財と考える人はいませんでした。20世紀後半になると、先進国と発展途上国、南北間の利害対立が先鋭化。空気は公共財になりました。

公害や温暖化等、地球環境悪化を懸念する先進国は、温室効果ガス排出量を抑制し、世界各国が生産や成長を制御することの必要性を主張し始めました。

発展途上国は先進国の身勝手な言い分に反発。公害を発生させ、環境を悪化させてきたのは先進国。これから成長を目指す発展途上国を同列に扱うのは不公平との反発です。

利害関係者が歩み寄らず、資源を浪費し、地球環境を破壊し続ければ、典型的な「コモンズ(共有地)の悲劇」に陥ります。

1968年、米国の生物学者ギャレット・ハーディン(1915年生、2003年没)が雑誌「サイエンス」に同名タイトルの論文を発表しました。

共有地である牧草地に近隣の集落や農民が牛を放牧。それぞれの集落や農民は自分の儲けを最大化するため、より多くの牛を放牧します。

自分が所有する牧草地であれば、牧草を食べ尽くさないように放牧数を調整しますが、共有地ではそうなりません。自分が放牧数を増やさなければ、他の集落や農民が増やすかもしれず、そうなれば自分の儲けが減ります。

相互に疑心暗鬼になり、全員が牛を増やし続け、結果的に牧草地は荒廃。そして、最終的には全ての集落と農民が牧草地を利用できなくなります。

ハーディンはこの事例のように、多くの者が利用できる共有資源が乱獲、乱費されることで、資源の枯渇を招く傾向を論証。この現象は「コモンズの悲劇」と呼ばれています。

1972年、環境問題に取り組む国際機関として国連環境計画(UNEP)が設立され、「持続可能な開発」という概念が登場。

1987年、環境と開発に関する世界委員会(WCSD)の報告書「我ら共有の未来(Our Common Future)」において、「持続可能な開発」とは「将来世代が自らの欲求を充足する能力を損なうことなく、現在世代の欲求を満たすような開発」と定義されました。

1992年、リオ・デ・ジャネイロで「地球サミット」(国連環境開発会議)が開催され、「気候変動に関する国際連合枠組条約」が成立し、1994年発効。

締約国の最高意思決定機関である締約国会議(Conference of the Parties、COP)は条約発効翌年から毎年開催されていますが、総論賛成、各論反対は人間社会の常。各国の利害や主張の調整は容易でありません。

1997年、COP3が「京都議定書」に合意。ところが2001年、温室効果ガス排出量世界1位の米国が、発展途上国の不参加を不満として「京都議定書」から離脱。本音は排出量規制が米国経済に悪影響を及ぼすと考えた故です。

2015年、COP21は「パリ協定」に合意。干ばつ、海面水位上昇、感染症拡大、絶滅種増加等、温暖化や異常気象の影響深刻化への危機感から、温室効果ガス排出量削減の必要性が再認識された結果です。

「パリ協定」は2016年、55か国以上及び世界の温室効果ガス排出量の55%を超える国の批准という要件を満たして発効。ところが同年秋、米国大統領にトランプが当選。トランプは温暖化そのものを否定し、2017年、「パリ協定」離脱を宣言。2001年の再現です。

2018年のCOP24では「パリ協定」の実施指針を採択。さて、人間は「コモンズの悲劇」を乗り越えられるでしょうか。


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