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 異常な金融政策とシムズ理論・ケルトン理論

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  3.   3. シムズ理論(FTPL)

3.シムズ理論(FTPL)

MMTに先立って話題になったのはシムズ理論。米プリンストン大学クリストファー・シムズ教授が提唱したFTPL(Fiscal Theory of the Price Level、物価水準の財政理論)です。

2016年8月、シムズ教授は主要国政策関係者が集ったジャクソンホール会議でこの理論を説明。翌年、日本でも話題になりました。

ゼロ金利下では金融政策が有効性を失い、インフレ実現のためには財政拡大が有効。財源はインフレ実現後の財政赤字目減りによって捻出されることを想定。

インフレは国民の現預金価値を目減りさせるため、別名「インフレ課税」。つまり、将来のインフレ課税で財源調達して現在のインフレを実現するという考え方がシムズ理論。インフレで価値が増す資産を有していない平均的国民には負担増です。

シムズ理論より前には、米ニューヨーク市立大学ポール・クルーグマン教授の理論も話題になりました。簡単に言えば、大胆な金融緩和を主張。ゼロ金利や量的緩和によって人々のインフレ期待を高めることを推奨しました。

対比的に表現すれば、クルーグマンは「中央銀行が無責任になればインフレ実現が可能」、シムズは「政府が無責任になればインフレ実現が可能」という主張です。

インフレ実現に重きを置く点では、異常な金融緩和を先導した岩田前日銀副総裁を含むリフレ派の主張も共通しています。リフレ派の根拠は戦前の高橋財政にありました。メルマガ378号(2017年2月23日)で取り上げた高橋財政について再述しておきます。

「高橋財政」とは、戦前の犬養毅内閣、斎藤実内閣、岡田啓介内閣(1931年12月から1936年2月)で蔵相を務めた高橋是清による経済政策の手法を指しています。

高橋是清の蔵相就任は4回目。日銀総裁(1911年から13年)と首相(1910年から11年)も経験しており、首相、蔵相、総裁の3つを務めた人は高橋是清ひとりです。

「高橋財政」は「日銀の国債引受による超金融緩和と財政拡大」というイメージで受け止められていますが、実際はそれほど単純ではありません。高橋是清が4回目の蔵相を務めた期間、その政策対応は前半と後半で大きく変化しました。

前半(就任時から1935年6月)は、「金輸出再禁止、超緩和の金融政策、財政拡大」によって、高い成長率と物価上昇率を実現。

しかし、過度の予算拡大と物価上昇を是正すべく、1935年6月25日、翌年度(1936年度)の予算及び国債発行(日銀引受)の縮減方針を発表。軍事費も対象となり、軍部との対立が先鋭化。1936年2月26日の「二・二六事件」で暗殺されるまでが後半に当たります。

「二・二六事件」後の広田弘毅内閣の下、1936年3月9日、高橋是清が前年6月25日に発表した予算・国債発行縮減方針は撤回されました。

リフレ派の主張はこの前半の状況を成功と評価し、それに類する政策を現在の日本において行うことを提言していました。

これらの論者は、国債の日銀引受からの出口が「二・二六事件」以後、軍部によって塞がれたことが前半の政策の事態収拾を困難化し、それがなければ高橋財政は成功裡に終わっていたはずとの論理で組み立てられています。

この組み立てに従えば、そうした軍部が存在しない現在、日銀の異常な金融緩和は収束可能との含意を含んでいるように思えますが、事態はそうなっていません。対GDP比が既に当時を上回る超金融緩和状態になっており、軍部が存在しなくても収束は困難です。

現在の日銀の政策と類似した対応は、「二・二六事件」以後に採用されています。つまり、現在の日銀は「戦時財政」下に採用された対応を行っているということです。

「高橋財政」期に財政拡大をしたのは1932年(当初予算の前年比はプラス32.0%)、1933年度(同プラス15.6%)のみ。翌1934年度は前年比マイナス。1935年には予算・国債削減方針を打ち出して暗殺されてしまいました。

暗殺後の1937年度以降は「戦時財政」期入り。終戦まで予算が急膨張。マネタリーベースも「高橋財政」期は緩やかな伸びであったのに対し、「戦時財政」期はやはり急膨張。

要するに、アベノミクスの後ろ盾になった「高橋財政」推奨論者、リフレ派は「高橋財政」の史実を誤解し、むしろ「戦時財政」期の政策を推奨してしまったのです。

それが現在行われていると考えると、事の深刻さに戦慄せざるを得ません。安倍首相、黒田総裁、岩田前副総裁は、後世、責任を問われることになるでしょう。

人々がこの異常さを認識し、将来の税収で政府債務を返済できないと認識し始めると、非連続的な市場の変化に直面。臨界点を超え、インフレが始まります。

具体的なタイミングのひとつとして考えられるのは、団塊世代が75歳を迎え、医療費が急増する2025年前後。資本取り崩しが始まり、潜在成長率がマイナス領域入り。

資本輸入で成長を維持することも可能ですが、資本流入を促すための金利上昇は、政府の予算編成を不可能とし、巨額の国債を抱えた日銀に含み損を発生させます。

そうならないうちに、方向転換、出口戦略に着手するためには、千両役者が必要です。

(了)



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