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日本の最新技術と宇宙エレベータ

大塚耕平

日本の最新技術と宇宙エレベータ

グーグル共同創業者のラリー・ペイジ氏とセルゲイ・プリン氏が退任。ともに46歳。後任はインド出身のスンダー・ピチャイ氏、47歳。年齢や国籍を問わない米国の企業・産業・社会のダイナミズムは、日本にないものです。メルマガ前号の外国人労働者問題も含め、日本をどういう国にしていくのか。立法府、行政府ばかりでなく、経済界や日本人自身の覚悟も問われています。


1. カーボンナノチューブ

技術革新、産業構造の変化が加速しています。その中で、新技術に日本が先鞭をつけながら、実用化では後れをとる失態が続いています。このメルマガの関心事項のひとつです。

日本は1980年代から90年代にかけて、世界に先駆けた第5世代コンピュータ開発プロジェクトに染手。しかし、戦略や投資方針が曖昧であったこと等を背景に失敗。成功していれば、AIでは日本が先行したでしょう(メルマガ396号 )。

グーグルが実証実験に成功した量子コンピュータ。日本企業は20年も前に同種の実験に成功していながら、今や後塵を拝しています(同397号 )。

EV(電気自動車)に必須のリチウムイオン電池。数年前には日本企業が世界トップシェアを誇っていましたが、昨年、中国新興企業に先行を許しました(同413号 )。

半導体産業も激動(同410号<2018.11.24>)。英国アーム社(同364号 )の半導体設計、オランダASML社(同431号<2019.11.14>)の半導体製造装置等の分野では、日本企業が追走できなくなりつつあります。

4Gまでは常にアジアの先頭を走っていた日本。5Gを巡る動きにも繰り返し着目(同365号 409号 421号 431号 )。5G商用化はとうとう中国に後れをとりました。

それでも、半導体素材であるシリコン分野ではドイツとともに依然として優位を保つ日本。しかし、シリコン半導体の微細化も限界に達しつつあることから、代替半導体素材を日本が開発することの重要性を指摘してきました(同410号 )。

ここにきて、代替素材についても日本が先行していたのに、今や米中の後塵を拝していることが顕現化。カーボンナノチューブ(Carbon Nano Tube<以下CNT>)です。

先月25日の経済紙に「日本発素材のCNT、脚光浴びるも研究開発は米中牽引」との記事が報じられました。この記事を契機に株式市場でも関連銘柄が注目を集めています。

CNTは「カーボン(炭素)」「ナノ(ナノメートル)」「チューブ(円筒)」の合成語。文字どおり、炭素がナノメートル単位の細さで管になっている構造が名前の由来です。

CNTの直径はナノメートル単位であるため、電子顕微鏡で観察する極小世界。「ナノ」はギリシャ語で「小人」という意味。人の髪の毛の5万分の1の太さです。

1ナノメートルは10億分の1メートル。分子や原子と同程度のサイズであり、生物のDNA分子の直径は2ナノメートル程度です。

CNTに関する研究は、1952年にソ連で始まっていたと言われています。この頃の資料に、ロシア人科学者によるCNT関連と思われる写真や文献が残っています。東西冷戦の中、その詳細が西側諸国に紹介されることはなく、研究の詳細はよくわかっていません。

それから約20年後の1976年のフランス。日本の遠藤守信フランス国立科学研究センター客員研究員(当時、信州大学工学部助手)がCNTの存在を世界で初めて実証。

1982年、遠藤氏はCNTの生成を連続的に行う量産方法(触媒化学気相成長法)を考案し、1987年に特許取得。しかし、CNTの構造解析は未了の状況が続きます。

この間、米国では、1979年にペンシルベニア州立大学の米国科学者がCNTの特殊性を解析、1981年にはソ連科学者がCNT表面の幾何学構造を解析、1987年には再び米国科学者がCNTの太さや応用性について分析する等、研究は徐々に進展。

そして1991年、物理学者で化学者でもある飯島澄男NEC筑波研究所研究員(現在は名城大学終身教授)が透過電子顕微鏡(TEM)を駆使してCNTの構造解明に成功しました。

因みに、炭素原子による球状の「フラーレン」の発見は1985年、筒状の「CNT」発見は1991年、シート状の「グラフェン」分離に成功したのは2004年。

フラーレン研究の3科学者は1996年にノーベル賞受賞、グラフェン分離に成功した2科学者は2010年にノーベル賞受賞。

CNTの構造を解明した飯島澄男博士もノーベル賞候補と聞いています。


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