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大恐慌とコロナ恐慌

大塚耕平

3.デッド・キャット・バウンス

世界恐慌の影響を最も強く受けたのがドイツ。植民地が少なく、国内資源も少ないイタリアも破綻。日本は既に大陸進出を果たしていましたが、国内には地主制度等の古い社会構造が残り、農村不況が慢性化。資源と市場を海外に求める経済界と軍の圧力が強まりました。

「持てる国」英米仏と「持たざる国」日独伊の構造が明確化。後者は「生存圏」の拡張を掲げ、ドイツは東ヨーロッパ、イタリアは北アフリカとバルカン、日本は満州から中国本土へ進出。世界は第2次大戦への途を歩み始めました。

この間、米国ではルーズベルト大統領のニューディール政策が一定の成果をあげ、1937年には失業者が770万(14.3%)まで減少。しかし、それ以上には減りませんでした。

米国の失業問題は、第2次大戦開戦(1939年9月)後の1941年3月、武器貸与法が成立して連合国に武器を売却・貸与することが可能となり、「民主主義国の兵器廠」として軍需産業が大活況になったことによって改善。失業率は1%台に低下しました。

話題を現在に戻します。今回のコロナ恐慌による世界経済の動揺も、その背景に他の要因も影響していることを注意深く見極める必要があります。

大恐慌の背景にあった、過剰生産、投機、需要不足の3点は、現在の世界経済にも当てはまる面があります。

リーマンショック以降の主要国の超金融緩和の下で、人々の経済力の実態とはかけ離れた消費、生産、投機が行われる一方、実質的な消費購買力、需要は低下していた気がします。

大恐慌の時にはなく、今回のコロナ恐慌にのしかかる問題が2点あります。ひとつはグローバルなサプライチェーン問題。現在の事態が長期化すると、グロ-バルなサプライチェーンの破綻がコロナ恐慌を深刻化させます。

もうひとつは、根本的な問題です。そもそも新型コロナウィルス感染症がピークアウトし、その治療薬、治療法が開発されなければ、現在の事態が続くということです。

この2つの問題に警戒感を持ちながら、金融証券市場の動向を見極めなくてはなりません。

大恐慌では、株価暴落は1929年10月24日の「暗黒の木曜日」だけではありません。翌25日(金)、28日(月)、29日(火)の株価も暴落。むしろ、壊滅的下落は28日と29日。そして、株価暴落は1ヶ月間続きました。

株価(ダウ工業株平均)は1929年まで6年間上がり続け、当初の5倍となり、1929年9月3日に最高値381.17をつけた後に下がり始め、1ヶ月間で17%下落。その後約10日間で下げ幅の半分を回復したものの、その後また下落。下げ基調は加速していきました。

「暗黒の木曜日」の売買高は当時の記録破りとなる1290万株。市場が休みの週末、24日、25日のウォール街のパニックは全米の新聞で報道され、週明け28日には13%下落。

そして29日の火曜日、1600万株が売買され、壊滅的な株価崩壊。その日だけで140億ドルの市場価値が失われ、1週間の損失は300億ドル。米国連邦政府予算の10年分以上に相当し、第1次大戦で米国が費やした戦費をはるかに上回りました。

一時的な底値は11月13日の198.60。市場はこの時点から数ヶ月間回復し、翌1930年4月17日には294.07という2番目の高値をつけました。いわゆる「デッド・キャット・バウンス」です。

そこから再度下落、1年3ヶ月後の1932年7月8日に41.22をつけ、最高値比89%下落という衝撃的な水準に到達。米国及び世界の経済は崩壊しました。

「デッド・キャット・バウンス(Dead Cat Bounce)」は株式投資用語です。株価が大幅下落後の一時的な回復を意味します。その意味は「高いところから落とせば、死んだ猫でも跳ね返る」という意味です。

上述の大恐慌の時にはなかった2点、第1にグルーバル・サプライチェーンの問題、第2に新型コロナウィルス感染症の問題が解決されない限り、当面の株価動向は「デッド・キャット・バウンス」を意識しながら、その動向を分析しなくてはなりません。

最後に、大恐慌には、第1次大戦後の世界経済が米国に依存し過ぎたことが影響しています。今回のコロナ恐慌には、現在の世界経済、とりわけ日本経済の中国依存度が過ぎていることも影響していると見るべきでしょう。

経済のみならず、食料、医療、エネルギー、さらには文化に至るまで、総合的な視点から国のあり方、安全保障の構造を考え直す局面です。安全保障は防衛力だけではありません。

(了)