451

ファイブアイズ

大塚 耕平

ファイブアイズ

2.ファイブアイズ

国会で日英EPAの審議をしている中、そして中国も参加するRCEPが合意した直後の19日、中国外務省報道官が物騒な発言をしました。

中国が香港立法会(議会)に圧力をかけていることに米英等5ヶ国外相が懸念を発表したため、「中国内政問題に口出しすることに強烈な不満と断固反対を表明する」と発言。

これだけであれば何度も聞いている内容ですが、当該5ヶ国が機密情報を共有する「ファイブアイズ(以下、FE)」を構成していることに絡め、「中国の主権、安全、利益を損なうなら、目を突かれて失明しないよう注意しろ」と言及。

FEは今年夏も話題になりました。当時の防衛相が「日本もFEに加盟してシックスアイズと呼ばれてもいい」「椅子を持っていきテーブルに座って『交ぜてくれ』と言うだけの話」と述べ、日本のFE加盟は簡単だという趣旨の発言がニュースになりました。

近年、日本とFEの間の協力は進んでいますが、上記の発言は的確とは言えません。日本がFEに加盟するには厚い壁があります。

FEはUKUSA(United Kingdom United States of America<ウークサ>)協定に基づく機密情報共有の枠組みの俗称です。

米国家安全保障局(NSA)、英政府通信本部(GCHQ)、加通信保安局(CSE)、豪信号総局(ASD)、ニュージーランド政府通信保安局(GCSB)が世界中に張り巡らせた通信傍受設備から得た情報を共有・相互利用するための協定です。

2010年に関連文書が公開され、FEの存在が明らかになりました。FEのコンピュータ及び通信ネットワークはエシュロン(Echelon)と呼ばれています。「梯子の段」を意味するフランス語が語源のようですが、ネーミングの意図はよくわかりません。

第2次大戦中、米英軍は共同でドイツ軍暗号機エニグマを解析。この協力関係は1940年に始まり、1943年に米英両軍の間で協定が結ばれました。

協力関係は戦後も続き、1946年に対ソ冷戦を睨んで協定を再締結。1956年スエズ動乱で米英は対立しましたが、協力関係は維持。1948年にカナダ、1956年にオーストラリア、ニュージーランドが参加し、5ヶ国になりました。

5ヶ国は言語が共通であり、文化も似ているために関係は緊密。FEはそうした同質性と信頼の蓄積が基盤になっています。

2018年、日独仏が対中国を念頭にFEと連携する枠組みを構築。2020年には日韓仏とFEの枠組みも発足しました。

こうした状況が防衛大臣の軽口につながったのかもしれませんが、日本がFEに正式参加するには障害があります。

第1に、日本はスパイ活動に対する防御力が弱いこと。その定評を生んだのはレフチェンコ事件です。

冷戦時代にKGBのスパイとして日本で活動したレフチェンコ。1979年に米国に亡命して暴露本(タイトル「On the Wrong Side」)を出版。

その中で「日本はスパイ天国」と述べ、ソ連は主要新聞社、外務省、与野党の中にエージェントを何人も雇っていたことを暴露。

2015年に特定秘密保護法が制定されたものの、スパイ防止法、及び人物信頼度を認定するセキュリティークリアランス(適格性評価)制度もなく、サイバーセキュリティー技術も劣後しています。

FEは日本の省庁や企業を通じて機密情報が漏洩することを懸念しています。こういう状況ではFEが日本を迎え入れることはないでしょう。

第2に、日本の情報収集能力が低いこと。諜報の世界はギブ・アンド・テイク。FEが新たな情報を入手できなければ、日本を参加させる意味はありません。

日本の通信傍受機能は地政学的に東アジアに限定されているほか、人的情報網もFEに比べると脆弱。

日本がFEに提供できる情報価値は、日本をFEに加えることで拡大するセキュリティーリスクを下回っていると見られているでしょう。

第3は価値観。FEは民主主義と人権保護を実現することを外交的価値及び戦略として共有し、中露のような強権国家、権威主義体制と対峙しています。

例えば上述の香港問題。FE各国は強く非難し、制裁措置を行い、香港人を保護。それが中国報道官の過激な発言を誘発しました。

日本は香港問題について「重大な懸念」を表明するのみ。中国と対峙するより、香港の混乱に乗じ、香港を脱出する金融機関の誘致等に腐心していると見られています。

さらに対露外交。FEはロシアを深刻な脅威と見做し、2014年のクリミア半島併合に強い制裁を科しました。

その間、安倍首相はプーチン大統領との蜜月をアピールし、自民党はプーチン政権与党である統一ロシアと協力協定を締結。

FEと日本の価値観ギャップを決定づけたのは2018年スクリパリ事件への対応。ロシア工作員が英国でスクリパリという元ロシアスパイを殺害するために神経剤を投与。スクリパリと娘は生き延びましたが、市民1人が巻き込まれて死亡。

この事件を非難し、FEを含む29ヶ国が合計153人のロシア外交官を追放。英国は日本にも制裁に加わるよう要請したものの、安倍首相は拒否。日本はG7の中で唯一ロシア外交官を追放しませんでした。

FEには日本が異質な国と映っているでしょう。FEに加入するには厚い壁があります。国連憲章には、日独伊を想定した敵国条項も残っています。


 次のページ3.インテリジェンス


関連する記事はありません。

 menu LINK