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世界と教育

大塚 耕平

世界と教育

3.教育の語源

日本が貢献するためには、国際社会の構造変化、気候変動、技術革新、コロナ対策等に知見や能力を発揮できる人材が必要です。

現役世代も頑張らなくてはなりませんが、若者や次世代にも期待します。スウェーデンのグレタ・トゥンベリさんのように、若くても世界に影響を及ぼせます。年齢や世代に関係なく、それぞれの立場で努力が必要です。

そうした状況を生み出すためには、教育が重要です。しかし、日本の教育の危機が叫ばれ始めて久しく、大学受験問題のみならず、小中高生の学力低下、ポスドク問題に端を発した大学院進学者急減、研究レベル劣化等々、教育に関する懸念は深刻化しています。

過去10数年来、ノーベル賞受賞者は増えましたが、受章者が口を揃えて訴えるのは「このままでは日本から受章者は出なくなる」との危機感。

教育や研究に対する予算配分が先進国最低であること、その背景として政治や行政の取組姿勢に最大の原因があることは疑いないですが、そもそも「日本の教育の考え方は今のままでいいのか」という根本から問い直す必要があります。

教育とは何か。漢語として「教育」が初登場するのは紀元前3世紀頃の「孟子」。「得天下英才、而教育之、三楽也」(天下の英才を得て、而して之を教育するは、三の楽しみなり)と記されています。

転じて幕末、明治維新。英語が和訳される過程でeducationが「教育」と訳されたため、教育関係者からeducationの語源に絡めて次のような教育論を時々聞きます。

educationの語源はラテン語educatioとされ、このラテン語に「引き出す」という意味があることから「教育とは個性や能力を引き出すこと」との主張です。

他国に比べて創造性や自発性の面で劣る日本の教育、暗記・詰め込み・画一教育の弊害を指摘する立場からは説得力があります。

全国的には知られていない秋田公立美術大学という大学の研究紀要(論文集)の中に興味深い論文(2015年)を発見しました。

結論的に言うとラテン語educatiの動詞形であeducare(エドゥカーレ)の意味は「育てる」であって「引き出す」という意味ではないとのことです。

「引き出す」の意味のラテン語はeducere(エドゥケーレ)。これが、英語の動詞で「引き出す」の意味があるeduceの語源だそうです。論文はこうした誤用に基づく教育論が生まれた原因についても分析しています。

結論的に言えば、19世紀英国で「オックスフォード英語辞典(The Oxford English Dictionary<以下OED>)」の編纂が行われた際、詩人・哲学者であるサミュエル・テイラー・コールリッジ(1772年生、1834年没)の影響を受けたと結論づけています。

コールリッジは宗教教育によるモラルを重視し、「教育」を「人間精神の能力を引き出すこと」と定義づけ、その文脈の用例がOEDに記載されました。

具体的には、OED(第1版)における名詞educationの項に動詞educateへの参照が記され、educateの項では語源となったラテン語として2つの動詞educereとeducareを掲載。

そのうえでこの2つの動詞を「時にほぼ同義で用いられる」と説明し、さらにコールリッジによる引用文が記されました。

「引き出す営みとしての教育」という考えはコールリッジの講演・著作に頻出するものである一方、educereとeducareは本来無関係の動詞でした。

コールリッジが OEDの主宰者や編集者と密接に交流し、大きな影響力を持っていたことが、この部分でコールリッジの影響を強く受けた原因と推測しています。

さらに「引き出す」対象(目的語)となっている「個性」「能力」といった概念は、ラテン語動詞とは何の関係もありません。

秋田公立美術大学の論文が、語源論に一石投じたかったのか、教育とは「引き出すこと」という教育論に一石投じたかったのか、あるいはその先に「教育とは教えること」等の別論に軸足を置きたかったのか等々、その意図はわかりません。

この手の議論(つまり英語の語源論に基づく教育論)は幕末・明治維新を経た近代化の影響です。

もはや教育論を英語の語源論から説き起こしている場合ではありません。幕末・明治維新、戦後の高度成長等、過去の歴史観や固定観念に囚われた発想からの脱却が必要です。

語源が何であれ、世界の覇権構造が激変している中で、自ら生き抜いていける人材、新たな課題に対処できる人材、内外の平和と繁栄に貢献できる人材が、教育の結果として一人でも多く誕生することが肝要です。

今という時代を冷静に認識し、日本の教育は何を目指し、どう行っていくか、その点を深めたうえでの教育論が必要であり、もはや語源論の時代ではないでしょう。

「世界の10大政治リスク」が軽減し、世界終末時計の「残り時間」が長くなることに、日本及び日本人が貢献できるよう、僕も頑張ります。

(了)



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