458

カーボンニュートラルの深層

大塚耕平

カーボンニュートラルの深層

3.ジオエンジニアリング

2018年、国連「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が発表した特別報告書「1.5℃の地球温暖化」は、産業革命前からの平均気温上昇が2030年に1.5℃になると予測。それを防ぐには、世界のCO2排出量を2030年までに2010年比約45%減らし、2050年までに実質ゼロとすることが必要と指摘しました。

温暖化対策には、CO2を削減する緩和策、気候変動被害を抑制する適応策以外に、ジオエンジニアリングという第3の対策があります。

気候そのものを人為的、工学的に操作することを意味し、直訳すれば「地球工学」、その目的から「気候工学」とも訳されます。

ジオエンジニアリングはソ連が1932年にレニングラードに人工降雨研究所を設立したことに始まります。1950年代から米ソ両国で研究が活発化。同時期、日本でも人工降雨実験が始まり、現在も気象研究所で継続。

この言葉が学界に登場したのは1977年。温暖化に関する学術誌「クライマティックチェンジ」に掲載された論文の中に登場しました。

しかし、その後はジオエンジニアリングの議論は言わばタブー。温暖化対策が必要ないとする主張に利用されることを科学者たちが危惧したためです。

この状況を変えたのはオゾンホール研究で知られる1995年ノーベル化学賞受賞者クルッツェン博士。博士も上述の懸念を抱いていたものの、温暖化加速の危機感がそれを上回り、ジオエンジニアリングの必要性に言及するようになりました。

博士が特に懸念したのは、大気汚染対策が進行し、エアロゾルが激減すること。エアロゾルとは、自動車排気ガスから発生する粉塵等、大気中を浮遊する粒子のこと。

大気汚染対策は良いことですが、エアロゾルは太陽光を反射し、気温上昇を抑える働きもあります。2006年、博士は成層圏にエアロゾルを人工散布する技術に関する論文を発表。以後、世界の関心は高まりました。

ジオエンジニアリングの手法は多様ですが、CO2除去(CDR、Carbon Dioxide Removal)と太陽放射管理(SRM、Solar Radiation Management)の2系統に大別されます。

大気からCO2を直接回収するのがCDR。上述のIPCC報告書でも温暖化を1.5℃未満に抑えるにはCDRが不可欠と指摘しています。

CDRには植林、CCS(Carbon Capture and Storage)、CO2を吸収する海洋プランクトンを使う海洋肥沃化、光合成を行う微細藻類を使うバイオリアクター等、様々な手法がありますが、最も効率的と考えられているのが大気からの直接回収。

直接回収技術は潜水艦や宇宙ステーション等、呼吸によってCO2濃度が高くなる閉鎖空間で実用化されています。しかし、大気中のCO2濃度は約0.04%程度と低く、回収効率やコストが課題とされてきました。

近年、その課題を克服し、事業化する企業が出現。筆頭はクライムワークス(スイス)。2017年、チューリヒ郊外でプラント(1辺約2mの立方体装置18個で構成)を稼働させ、年間約900トンを回収しています。

回収したCO2の貯蔵も課題です。例えば、Cを栄養とする藻やバクテリア入りのコンテナ(チューブ状のバイオリアクター)に貯蔵。つまりCO2を固定化します。

もう1つのSRMは太陽光を遮って地球を冷やす技術の総称。太陽放射管理、太陽放射制御技術とも言われます。

太陽光の反射方法は、建物の白色塗装、宇宙や砂漠への反射板設置、海や雲の反射率向上等、様々なアイデアが検討されています。

成層圏エアロゾル注入もそのひとつ。効果は噴火が実証しています。1991年ピナツボ火山(フィリピン)噴火で噴出したエアロゾルにより気温が平均0.5℃低下。ジェット旅客機の燃料に硫黄を混ぜて飛行中に散布することが真剣に検討されています。

極地等の氷床は溶解速度が加速しています。氷床は太陽光を反射する役割を担っているため、微細ガラス粒を極地に撒き、氷床の反射能力を高める計画が進んでいます。

しかしSRMの手法には共通の問題があります。CO2濃度が高いままSRMで地球を冷やしても、温暖化以前の状態に完全に戻ることはできません。

生態系等への副作用懸念があるほか、国際的ガバナンスも課題です。2008年北京五輪に際し、中国が1000発以上の人工降雨ロケットで雨を降らせて雨雲を消し、開会式の晴天を実現させたことは記憶に新しいところです。

各国が独自に様々なことをやり始めると、地球全体でどのような影響が出るか予測できません。人間は地球にとって厄介な生物であることは間違いありません。



関連する記事はありません。

 menu LINK