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東芝買収提案

大塚 耕平

東芝買収提案

3.ハゲタカ

投資ファンドの歴史も振り返っておきます。バブル期の資金力の余韻が残っていた1990年代前半に、最初に登場したのは金融機関系の投資ファンドでした。

バブル崩壊が鮮明化してきた1990年後半から企業全体や部門単位のバイアウト案件が増え始め、それを狙ったファンドが組成され始めました。海外ファンドの参入も活発化。不動産と不良債権投資を主体としたローンスターやサーベラスに続き、リップルウッドやカーライルが日本上陸。リップルウッドは新生銀行(旧日本長銀信用銀行)買収で知れ渡りました。日銀在職時の出来事であり、不良債権問題を担当していた立場として直接間接に関係しました。

2000年代に入って不良債権処理が佳境を迎え、海外ファンドの参入が加速。CVCCP、ゴールドマンサックス、シティック、ペルミラ、KKRなどです。CVCCPは2003年に日本オフィス開設。シティックは2004年、丸紅、新生銀行とともにファンドを組成しました。国内企業でも野村、日興、大和等大手証券会社がプリンシパルインベストメント(自己資金投資)業務に参入。幅広い案件を手掛け、投資コンソーシアムを組成しました。

2000年代中盤になると、再生ファンドという新しい形態が登場。債務超過先や法的整理企業に投資。2003年には産業再生機構が設立され、カネボウやダイエー等の大企業から地方企業まで幅広い案件に染手。日本政策投資銀行も民間再生ファンドや特定企業への出資をスタート。こうした動きには政府の方針も影響していました。

2000年代中盤以降になると、J-STAR、ニューホライズン、CLSA、ヴァリアント等々、初めて聞く名前の海外ファンドが続々参入。リーマンショックによって一時停滞し、クローズしたファンドもありますが、その後も案件数も参入ファンド数とも漸増。

2010年代に入ると、金融機関系、政府系、大手商社系に加え、大手ファンド出身者が続々と新たなファンドを立ち上げ。その後は事業会社系のCVCが顕在化し、今日に至っています。日本の産業や企業が構造転換に失敗し、世界の潮流から取り残された現実とも表裏一体。CVCによって、事業再生と新分野開拓に腐心しているということです。

日本におけるCVCやVCの投資ボリュームゾーンは200億円から500億円規模が中心。大企業のカーブアウト(事業部門切出し)やMBOも活発化しています。

MBOは企業が自社株や一事業部門を買収し、自社から独立する手法のこと。資産や将来のキャッシュフローを担保として投資ファンド等からの出資、金融機関からの借入れを受けます。事業継承にも多用されています。株式公開メリットが薄れた上場企業が、自ら株式非公開に踏み切るための手段としても活用されています。厳しいコーポレートガバナンス等々、上場にデメリットを感じて非公開化を考える企業が増えており、PEFが関与する余地が広がっています。

因みに、企業が社員と一体となって株式を取得する場合はMEBO(マネジメント・エンプロイメント・バイ・アウト)と言います。金融緩和とガラパゴス化の影響もあり、日本では投資対象企業の価格が高騰するなど、過熱感も出ているほどです。日本にもVC、PEF、CVCという手法が登場して約四半世紀。当初はハゲタカファンドと忌避された存在も今や経済のエコシステムの一部になっています。

2000年代前半頃から企業買収を狙うファンドをハゲタカと呼ぶようになりました。安値で買い叩いてキャピタルゲインを得るファンドへのネガティブなイメージです。死に体の企業に群がって買い叩く姿が、死肉を漁る貪欲な「禿鷹(コンドルやハゲワシの俗称)」を連想させることに由来します。

余談ですが、ハゲタカはハゲワシ類またはコンドル類の俗称であり、生物学上ハゲタカという鳥は存在しません。小説「ハゲタカ」(著者真山仁氏)は2004年発表のベストセラー。バブル崩壊後の日本を舞台に、外資系ハゲタカファンドのマネージャーと銀行員から企業再生家(ターンアラウンドマネージャー)に転じた主人公を中心に、不良債権処理と企業買収の舞台を描いています。テレビドラマ化、映画化もされています。

外資と国内資本の対立がテーマのように受け取られがちですが、真山氏は取材の中で「言い訳をしながら生きることを止めること」「勇気を持って日本の国が抱える問題を正視すること」がテーマと語っています。登場するハゲタカファンドのモデルはリップルウッド、ユニゾン、ゴールドマンサックス、コールバーグ、カーライル。

買収対象先にも日本企業のモデルがあります。長くなるので割愛しますが、2020年代の日本が、小説「ハゲタカ」の続編の舞台とならないことを祈ります。



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