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高圧経済と高橋財政

大塚 耕平

高圧経済と高橋財政

3.スーパー高橋財政

高圧経済政策に関心が高まる中、6月4日、日経新聞が戦前の高橋財政に関するコラムを掲載。タイトルは「未完に終わった積極財政、高橋是清の無念」。概要は以下のとおりです。 「日本のケインズ」と呼ばれ、首相や蔵相を務めた高橋是清は積極財政で大恐慌から日本を救いました。真骨頂は1931年末発足の犬養内閣での蔵相時です。

1929年世界大恐慌、1931年満州事変等の影響で経済は深刻なデフレ下にあり、高橋蔵相は金輸出を停止し、通貨発行量をいくらでも増やせる管理通貨制へ移行。円安が進み輸出が伸び、日銀引受による国債大量発行で歳出を大胆に拡大。その効果で日本は世界に先駆けて大恐慌から抜け出し、政府が需要を創出する高橋財政はケインズ理論の先取りと言われました。

概ね以上のような文脈であり「今こそ高橋財政的な大胆な財政出動が必要」という読後感が残るコラムでした。

このコラムと同様の趣旨の主張は今を遡ること8年前、2013年日銀人事の前に副総裁候補であった岩田規久男氏が展開。副総裁ポストを射止めた岩田氏は、総裁に就任した黒田氏とともに「2年間でマネタリーベースを2倍にして物価上昇率を2%にする」「絶対にできる。できなければ職を辞す」と啖呵をきっていましたが、結果はご承知のとおりです。今回の新聞コラムや岩田氏の主張は高橋財政の史実を誤解または歪曲しています。詳しくはメルマガ378号(2017年2月23日)に記しましたが、概要は以下のとおりです。

デフレと不況脱却のために高橋蔵相は大胆な財政政策と日銀による国債引受を断行。しかし、当初から「3年間が限界」ということを吐露していました。3年目の1935年夏、高橋蔵相は翌年度の予算と国債発行縮減方針を発表。年末、方針どおりの予算原案を策定。軍事費も例外ではありませんでした。その結果、1936年2月26日、高橋蔵相は「二・二六事件」で軍部に暗殺されました。以後、軍部に服従する蔵相と日銀総裁が登場して太平洋戦争に至ります。

しかも、黒田日銀が行っているマネタリーベース増加規模は、高橋財政どころではなく、戦時下の1941年から45年当時を遙かに上回る状況です。つまり「今こそ高橋財政を」という主張は事実誤認です。正確に言えば「スーパー高橋財政を2013年からずっとやってきたが、それでも上手くいかない中でコロナ禍に直面。さて、どうするか」というのが適切な表現でしょう。

コロナ禍で主要国、とりわけ米欧諸国は財政拡大と金融緩和の継続を選択しています。バイデン政権は5月28日に公表した22会計年度(21年10月から22年9月)でコロナ禍前を3割上回る6兆ドル(約660兆円)超の歳出を議会に求めました。FRB議長から財務長官に転じたイエレン氏は「アクト・ビッグ(大胆にやろう)」と述べ、大統領を支えて積極財政を推進。雇用を回復させ、経済を成長軌道に戻す高圧経済政策を掲げています。 パウエルFRB議長はイエレン議長時代のFRB理事。イエレン長官の積極財政をFRBの金融緩和で支えています。これが米国の高圧経済政策の基本構図です。

では日本も同じことをやればいいのでしょうか。その判断のためには、過去8年間の「スーパー高橋財政」下の日本の現実を直視する必要があります。日銀の試算によれば、その間の金融緩和による実質成長率押上げ効果は年平均0.9%から0.3%、CPI押上げ効果は同0.6%から0.7%。実績値を鑑みると、金融緩和抜きではゼロ成長、ゼロインフレだったことを意味します。別の角度から見ると、1%程度と推定される長期自然利子率を日銀による国債購入でほぼゼロ%に押下げ、長期金利1%分の金融緩和を行っていたということです。

日銀の分析によれば、金利低下の波及効果は、企業等の資金調達コスト低下33%、株価上昇36%、為替円安20%です。これらの試算、分析から、技術革新、起業、生産性向上等による実態経済の伸びはほぼ皆無であったと結論づけられます。この点は、高圧経済政策の論拠とされる「オークンの法則」においても重要です。オークンの分析では、3%の産出量増加は、1%の失業率低下、0.5%の労働力率低下、0.5%の1人当り労働時間増加、1%の時間当り産出量(労働生産性)増加に対応していました。

オークンの観察に基づけば、実質的な技術進歩や企業の成長がなければ、高圧経済政策の効果は失業率低下、労働力率低下、労働時間増加に吸収されるだけです。高圧経済政策による効果が好循環するためには、賃金上昇による需要増、ディマンド・プル・インフレ、技術革新等による企業の実質的成長が必要です。それらが伴わない高圧経済政策の継続は困難であり、米欧中諸国の成長と進歩に取り残され、サマーズ元財務長官の懸念、すなわち制御できないインフレという予想が的中することになるでしょう。

日本は単純に米国の真似をすれば良いという状況ではありません。繰り返しになりますが、既に「スーパー高橋財政」を8年以上実施してきた中でのコロナ禍です。工夫が必要です。

(了)



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