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反セクト法

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反セクト法

2.アブー・ピカール法(反セクト法)

フランスにおいてセクト対策が本格的に始まったのは1995年。信教の自由が保障されている先進国の中で最も強力なセクト対策です。前後の経緯を整理します。

なお、フランスにおける「セクト」は日本で言う「カルト」「カルト宗教」に等しい印象ですが、正確な定義の共有は困難です。それを前提に話を進めます。

1978年、人民寺院の南米ガイアナ拠点での集団自殺等、セクトによる衝撃的事件を契機としてフランス政府はセクト調査を開始。

初期のセクト調査として知られるヴィヴィアン報告書は1983年提出(公表は2年後)。しかし、同報告書は1995年まであまり注目されませんでした。

1993年、米国でブランチ・デビディアン信者が警察と銃撃戦の末に焼身自殺。1994年、太陽寺院信者がスイスとカナダで集団自殺。1995年、日本でオウム真理教による地下鉄サリン事件が発生しました。

こうした世相に加え、欧州でもセクト活動が目立ち始めていたことから、1995年7月、フランス下院(国民議会)にセクト調査委員会が設置されました。

同委員会はヴィヴィアン報告書等の内容を踏まえつつ、同年12月にギュイヤール報告書を提出(公表は翌年1月)。

同報告書は「セクトの定義は困難」としつつ、セクトであるか否かを判断する10指標を提示し、それに基づいて170超の団体をセクトとして掲載しました。

10指標は「精神的不安定化」「法外な金銭要求」「元の生活環境からの引き離し」「身体への加害」「子どもの加入強制」「反社会的な言説」「公序侵害」「裁判沙汰の多さ」「通常の経済流通経路からの逸脱」「公権力への浸透の企て」です。

名指しされた団体等から激しい反発を受けたものの、報告書提出直後に同国ヴェルコール山塊で太陽寺院信者による2度目の集団自殺が発生。世論の後押しを受け、報告書の提言内容は迅速に実施されることになります。因みに、太陽寺院集団自殺は前年の事件も含めて実際は「虐殺」と見られています。

下院はその後もセクト対策を議論し、1998年、セクトの財務と経済活動を調査する委員会を設置。翌年6月、同委員会は「セクトと金」と題するブラール報告書を提出。

議会はセクト対策のために諸法律の制定や改正を行いました。例えば、義務教育監督強化法はセクト施設内にいる子供が教育を受ける権利を保障するものです。   ギュイヤール報告書の提案に沿い、セクト対策を行う「セクト関係省監視室」を首相の下に設置。同室はセクト分析とセクト対策の提案等を行いましたが、あまり活発には活動せず、1997年に年次報告書を提出して解散しました。

その後、1998年10月に「関係省セクト対策本部(ミルス)」を設置。公務員研修、セクト行為防止措置の関係機関への働きかけ、セクトに関する情報公開等を積極的に行い、2002年11月まで存続。3回の年次報告書を提出・公表しました。

その間の2001年6月、セクトを規制対象とする「人権及び基本的自由を侵害するセクト的団体の防止及び取締を強化する法律(通称・セクト規制法または反セクト法)が制定されました。同法は提出者の上院及び下院議員の名前に因んで「アブー・ピカール法」とも呼ばれます。

法律には当初「精神操作罪」が含まれていましたが、議会と政府は欧州人権条約違反を懸念。既に刑法典にある「未成年者・弱者に対する罪」を参考に「無知・脆弱状態不法利用罪」に修正したうえで同法を制定しました。

「無知・脆弱状態不法利用罪」は信者を心理的・身体的服従状態に陥らせ「重大な損害を与えうる作為または不作為に導くために、その者の無知または脆弱状態を不法に利用すること」です。

同法は人権侵害防止を主目的としており、セクト的団体のみを対象にする法ではなく、そのような行為を行う「団体」「法人」に広く適用することを想定しています。

つまり、通称「セクト規制法」「反セクト法」でありながら、セクト限定の特別法ではありません。その背景は、前項で説明した「ライシテの原則」への配慮です。

そもそも1995年のギュイヤール報告書はセクト規制を提案する一方で、セクトの定義は困難であること、セクトだけを対象にする特別法は「ライシテの原則」に反するとの認識を示していました。   EU(欧州連合)もセクト規制法に懸念を示し、フランス政府に見直しを求めました。とくに、セクト規制法におけるキーワードのひとつである「心理的服従」が主観的要素と曖昧さを含んでいるため、宗教信仰が心理的服従と同一視される危険性を指摘していました。

フランスにおいてセクト嫌悪感が強いことも「ライシテの原則」と関係があります。同国ではセクトが公的組織・領域に進出しており、「ライシテの原則」に反するとして問題視されています。また、セクトによる精神操作は信教の自由に反すること、セクトによる信者からの金銭的収奪が激しくなっていること等も影響しています。


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