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ミンスキーとポンツィ

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ミンスキーとポンツィ

2.ポンツィ・オペレーション

ここで、現在の状況に照らして「ミンスキー・パラドックス」という造語を提起したいと思います。

なぜなら、現在は危機に瀕して中央銀行が救済に乗り出す以前に、中央銀行自身の国債購入が危機の前段階の状況を生み出しているからです。

「ミンスキー・モーメント」が到来する前から中央銀行が現状に荷担しているという「ミンスキー・パラドックス」。

中央銀行の歴史はわずか150年足らず。実は初めての事態に遭遇しつつあります。「ミンスキー・モーメント」が到来した際に、「ミンスキー・パラドックス」の下で中央銀行はどのような役割を果たすのか。重要な論点でもあります。

ミンスキー博士は金融機能を、通常金融(一般的な融資等)、ヘッジ金融、投機的金融、ポンツィ金融の4つに分類しました。後者の比重が高くなるほど、市場や経済の不安定性が高まると指摘しています。

ポンツィとは耳慣れない単語ですが、調べてみると、1920年代に米国ボストンを中心に活動していた稀代の詐欺師の名前。

カルロ・ポンツィは1882年生まれのイタリア人。1903年に渡米し、ボストンで各国切手と交換可能な郵便用クーポン事業を発案。このクーポンを利用して各国の物価水準格差を利用した鞘取りビジネスを企図。なかなかのアイデアですが、あえなく失敗。

再起を期して、次は投資ビジネスを起業。「わずかな期間で利益率50%」の謳い文句は人気を博し、数千人から巨額の資金を集めました。

しかし、そのビジネスは「先に投資した人に後から投資した人の資金を使って配当する」仕組み。「ポンツィ・スキーム」と呼ばれたビジネスの本質は、要するに自転車操業。

1920年7月、地元新聞(ボストンポスト)が「ポンツィ・スキーム」を問題視する記事を掲載。資金繰りは一気に悪化。裁判所が新規投資の募集禁止を命じ、事業は破綻。新聞記事掲載が「ポンツィ・スキーム」の「ミンスキー・モーメント」となりました。

「ねずみ講」の原型のように思えますが、「ねずみ講」は下位の(後から参加する)投資家の人数を増やし、運転資金と上位投資者への配当を確保するピラミッド構造。一方、「ポンツィ・スキーム」は単純な自転車操業だったようです。

国債を購入し続け、自らのバランスシートとマネタリーベースを肥大化させる日銀の異次元緩和政策。自転車操業的という意味で「ポンツィ・スキーム」を連想させます。

クルーグマン博士が述べたように「受入可能な(安全であるとみなされる)政府債務水準」と思われているからこそ、現在の財政赤字水準をとりあえず市場が許容しています。

しかし、その「受入可能」の根拠は「受入可能」と市場が思うように日銀が購入し続けることが前提となっているわけですから、何となく「ポンツィ・スキーム」的、自転車操業的イメージです。

異次元緩和政策という日銀の市場調節(マーケット・オペレーション)は「ポンツィ・オペレーション」とも言えます。

元祖詐欺師とも言われるポンツィ。晩年は心臓発作、脳障害、視力障害等の持病に苦しみ、1949年、リオデジャネイロで貧困のまま他界したそうです。

日銀の「ポンツィ・オペレーション」は、政策的必要にかられ、あるいは政府の意思に影響されて行っていることは十分に理解できます。

程度の差はあれ、他国も同様の状況に直面していました。しかし、米国FRB(連邦準備制度理事会)も英国BOE(イングランド銀行)もECB(欧州中央銀行)も方向転換。今や立て続けに利上げしていることはご承知のとおりです。

しかし日銀黒田総裁だけが「物価上昇は一時的。金融緩和をあと2~3年は続ける」と明言。さすがの暴走ぶりに先日のNHK日曜討論で「現在の物価上昇は戦争等の外部要因であり、総裁が制御できるわけではない」と苦言を呈しました。

また、黒田総裁の任期は来年春までです。退任後の金融政策にまで言及するのは、残念ながら異常な精神状態と言わざるを得ません。確信犯として発言しているなら、中央銀行総裁として失格です。


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